全国高校サッカー選手権・歴代最多優勝回数は?名将・監督の指導!選手育成型へ

冬の名物詩・全国高校サッカー選手権大会の歴代最多優勝回数を誇る高校はどこでしょうか?

高校生年代がサッカーをする環境としては、Jリーグのユースクラブ又は高校のサッカー部のどちらかの環境になるかと思います。

そして、高校サッカーとして、最も注目度の高い大会が全国高校サッカー選手権大会ではないでしょうか。

高校サッカーでは、選手は毎年入れ替わりますので、名将と呼ばれる監督が優勝に導くことがこれまで多かったかと思います。

ただ、最近では、高校サッカーでも中高一貫校や下部組織と連携して、毎年チーム力を落とさないような取り組みがなされているように思います。

また監督の考え方によって、勝敗にこだわる高校もあれば、選手の育成に重点を置く学校もあります。

戦後歴代最多優勝回数の高校は?国見・帝京・市立船橋!

2020年3月現在、全国高校サッカー選手権大会、戦後歴代の優勝回数は下記の通りとなっています。

帝京高校国見高校の6回が最多となっています。

近年は、この2チームは、選手権大会への出場も減少傾向にあり、市立船橋高校が最多優勝回数を更新する可能性もあります。

東福岡高校青森山田高校も近年は、安定的な強さを誇っているので、優勝回数を更に伸ばすかもしれません。

1位 優勝6回 帝京高校 東京都 1974,1977,1979,1983,1984,1991年
国見高校 長崎県 1987,1990,1992,2000,2001,2003年
3位 優勝5回 市立船橋高校 千葉県 1994,1996,1999,2002,2011年
4位 優勝4回 浦和市立高校 埼玉県 1959,1960,1964,1972年
藤枝東高校 静岡県 1962,1963,1966,1970年
6位 優勝3回 東福岡高校 福岡県 1997,1998,2015年
浦和高校 埼玉県 1951,1954,1955年
浦和南高校 埼玉県 1969,1975,1976年
清水商業高校 静岡県 1985,1988,1993年
青森山田高校 青森県 2016,2018年,2021年
11位 優勝2回 修道高校 広島県 1952,1961年
習志野高校 千葉県 1965,1971年
古河第一高校 茨城県 1978,1980年
鹿児島実業高校 鹿児島県 1995,2004年
静岡学園高校 静岡県 1995,2019年

※2020年3月現在

高校サッカーで強豪校へ優勝へ導く名将は今どこに?

最多優勝回数を誇る高校を率いていた監督は、どんな監督でしょうか。

そして、現在はどうしているのでしょうか。

国見高校監督 小嶺忠敏

小嶺忠敏さんは、1968年から島原商業高校(長崎県)サッカー部監督に就任、同校をサッカーの強豪校へと変えました。

1984年からは、国見高校(長崎県)の監督に就任し、全国高校サッカー選手権大会で6度の優勝を成し遂げています。

2007年からは、長崎総合科学大学附属高校サッカー部の総監督に就任、2015年から監督に就任し、現在に至っています。

2022年1月、残念ながら、お亡くなりになっています。

帝京高校監督 古沼貞雄

古沼貞雄さんは、1965年から帝京高校(東京都)サッカー部の監督に就任しました。

帝京高校監督時代、全国高校サッカー選手権大会で同校を6度の優勝に導きました。

2005年からは東京ヴェルディのアドバイザー、2007年からは流通経済大学柏高校のコーチ、2008年からは矢板中央高校のアドバイザーに就任しています。

2020年現在、矢板中央高校は、栃木県の強豪校で、全国高校サッカー選手権大会に出場する常連校となっています。

そして、2022年、帝京高校もインターハイ決勝まで進み、復活の兆しがあります。

市立船橋高校監督 布啓一郎

布啓一郎さんは、1984年から市立船橋高校サッカー部の監督に就任しました。

監督に就任後、市立船橋高校をサッカーの強豪校へ育て、全国高校サッカー選手権大会で4回の優勝へと導きました。

市立船橋高校の監督を退任後は、2003年からU16日本代表、2009年からU19日本代表、2015年からファジアーノ岡山コーチ、2018年からザスパクサツ群馬の監督、2020年から松本山雅FCの監督を歴任しています。

松本山雅FCの監督は、残念ながら任期途中で解任されています。

市立船橋高校は、その後、監督交代が何度かありましたが、強豪校としての地位を維持しています。

高校サッカー新たな時代の監督!勝負にこだわる強豪へ?選手育成へ?

高校サッカーもかつての名将の時代から新たな時代へ突入しているように思われます。

近年は強豪校の筆頭は青森山田高校です。

そして前橋育英高校、大津高校、興国高校、中学からの育成を進める帝京長岡高校、昌平高校といった監督をご紹介したいと思います。

青森山田高校 黒田剛

2020年現在注目は、全国高校サッカー選手権大会出場の常連校、青森山田高校サッカー部の黒田剛監督です。

元ホテルマンという異色の経験を持つ黒田剛さんは、1995年から青森山田高校の監督に就任しました。

監督就任後は、勝ち続ける組織にこだわり、青森山田高校を常勝軍団へと育て上げ、全国高校サッカー選手権の常連校へと変えました。

青森山田高校は、Aチームがプレミアリーグで戦い、Bチームがプリンスリーグ東北、Cチームは青森県リーグ1部、そしてDチームは青森県リーグ2部で戦っています。

Bチームも、プリンスリーグ東北で優勝してしまうほどの実力があります。

青森山田高校のサッカーはとにかく活気があり、勝ちにこだわる黒田剛監督の指導が行き届いているように思います。

前橋育英高校 山田耕介

前橋育英高校サッカー部監督・山田耕介さんは、元長崎総科大附属サッカー部監督の小嶺忠敬さんが指導する島原商業でプレーしていました。

山田耕介監督は法政大学を卒業後、1983年から前橋育英高校サッカー部で監督を務めています。

赴任した当時はスクールウォーズラグビーを通じて、不良少年やおちこぼれが立ち直っていく姿を描いた昔のドラマ)の世界と同様に荒れていたようですが、その荒れた状態からサッカー部を立て直し、全国大会で優勝する強豪校にまで育て挙げました。

やっぱり、これだけ面白いサッカーを見せてくれるのは監督の経験が生きているのかなと思います。

大津高校 平岡和徳

熊本県サッカーの強豪・大津高校を率いるのは平岡和徳総監督です。

※2020年度からは平岡和徳総監督、山城朋大監督となっています。

平岡和徳総監督は、熊本県出身で、高校時代はサッカーの強豪・帝京高校に進学、キャプテンとしてチームを牽引し、全国高校サッカー選手権大会では優勝しています。

高校卒業後は、筑波大学へ進学、元Jリーガー・長谷川健太さんと一緒にプレーしています。

1993年から、熊本県立大津高校サッカー部の監督を務めています。

平岡和徳総監督は、1日の練習を100分で終わることを大切にし、朝練は各自が弱点や課題を克服するために自主的に行っているようです。

「凡事徹底-九州の小さな町の公立高校からJリーガーが生まれ続ける理由」という本に、平岡和徳総監督の哲学が書かれており、ベストセラーとなっているようです。

興国高校 内野智章

2006年から興国高校サッカー部を率いる内野智章監督は、元ガンバ大阪の稲本潤一選手の同級生です。

和歌山県の初芝橋本高校を卒業、高知大学、愛媛FCを経て、興国高校サッカー部の監督に就任しました。

勝利よりも育成を重視、テクニック重視の展開力ある攻撃サッカーを目指し、強豪校ひしめくサッカーの激戦区・大阪府で、現在は、部員300名近くを誇る強豪校に育てあげています。

そして、内野智章監督は、興国高校式Jリーガー育成メソッドという本まで発売しています。

帝京長岡高校 谷口哲朗

帝京長岡高校サッカー部は、1996年谷口哲朗さんが監督に就任してから急速に強くなりました。

谷口哲朗さんが監督となったきっかけは、元帝京高校サッカー部の監督、名将と呼ばれた古沼貞雄さんからの依頼だったようです。

谷口さんが監督就任5年目には、帝京長岡高校サッカー部は全国高校サッカー選手権大会に出場、その後中高一貫で選手を育てる環境を作るため長岡ジュニアユースフットボールクラブ「長岡JYFC」を創設しました。

プリンスリーグなどの大会には、中学生も飛び級で高校生と一緒にプレーし、早くからチームとしてのコンセプトを浸透させ、強豪校へと成長してきました。

昌平高校 藤島崇之

藤島崇之さんは、2007年に昌平高校サッカー部の監督に就任しました。

その前は強豪・青森山田高校でコーチ、そして青森山田中学校の監督を務めており、日本代表でも活躍する柴崎岳選手を指導しました。

指導者として青森山田中学・高校で4年間過ごした後、ゼロからチーム作りをしたいという思いから昌平高校に赴任しました。

就任後すぐに強豪校になった訳ではなく、転機は12年に昌平高校の下部組織にあたるFC LAVIDAを立ち上げたことです。

FC LAVIDAはジュニアユースのチームであり、FC LAVIDAの立ち上げにより中高一貫での指導・育成が可能になりました。

現在は、全国の強豪校と呼ばれる高校が同様の手法を取り入れいています。

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