大迫勇也選手が2018ワールドカップの初戦コロンビア戦でゴールを決めると、大迫半端ないって、という言葉が再びはやりだしました。
全国高校サッカー選手権大会で、大迫勇也選手と対戦した相手チーム滝川第二高校の選手が発した言葉が発端です。
高校生離れをしたプレーで次々ゴールを決める大迫勇也選手のことを表現していました。
ドイツブンデスリーガでも当たり負けしない体を生かし、ボールをキープ、そして得点を決める能力は、現在日本人ではナンバーワンストラーカーと言っていいでしょう。
そんな大迫勇也選手の国内での活躍と海外での活躍についてご紹介したいと思います。
全国高校サッカー選手権大会で10ゴール!鹿島アントラーズ入団
大迫勇也選手は鹿児島県出身です。
小学校からサッカーを始め、鹿児島城西高校に入学しました。
鹿児島城西高校では1年生からレギュラーで活躍しましたが、2年生の時、U-17日本代表候補に選ばれながら落選という悔しい思いもしています。
高校入学時から体の強さ、キープ力を持ち合わせ、周りを生かすのがうまい選手でした。
しかしながら、ゴールを奪うことが少なかった為、当時の監督もそこを伸ばすことに腐心したようです。
3年生になるとその才能が完全に開花し、プリンスリーグ九州でゴールを量産しました。
そして、全国高校サッカー選手権大会で最多得点記録となる10ゴールを挙げました。
その時挙げた記録は今まだ破られていません。
チームは決勝まで行ったものの、残念ながら敗れ準優勝となりました。
高校卒業後はJ1の強豪鹿島アントラーズに入団、1年目からベンチ入りし、シーズン通算6ゴールを挙げました。
2年目以降はコンスタントに試合に出場、5年目となる2013年にはJ1リーグ戦33試合出場で、19ゴールを挙げ、大活躍しました。
翌年、2014年にドイツへ移籍しました。
ドイツでも活躍!3チーム目となるブレーメンへ移籍
大迫勇也選手はドイツブンデスリーガ2部1860ミュンヘンへ移籍しました。
日本のシーズン終了後1月の移籍でしたので、ドイツではシーズン途中の移籍でした。
1860ミュンヘンを1部に昇格させることはできなかったものの、個人的にはまずまずの結果を残し、2014-15シーズンはFCケルンに移籍しました。
FCケルンは前年にドイツ1部昇格を決めたチームで、かつて奥寺康彦さん、槙野智章選手が在籍していたチームです。
いよいよ大迫勇也選手のドイツ1部での戦いが始まりました。
FCケルンでは日本人の長澤和輝選手が同僚でした。
FCケルンには4年間在籍し、特に3年目にアントニー・モデスト選手と2トップを組んだシーズンが最も良かったと思います。
リーグ戦通算7ゴールを挙げました。
アントニー・モデスト選手が中国へ移籍した2017-18シーズンはチームが低迷、最終的に2部に降格してしまいました。
2018-19シーズン、大迫勇也選手は新天地ヴェルダーブレーメンで迎えることになりました。
まとめ
2018ワールドカップが終わり、4年後に向けて新シーズンが始まりました。
国内、海外を見渡しても、まだ大迫勇也選手を超える日本人選手が見当たりません。
ディフェンスに当たり負けせず、ボールをキープできる能力と、ここぞの得点能力は抜群です。
引き続き更なるレベルアップをして頑張って欲しいと思います。