久保裕也のポジションは?ベルギーでゴール量産もワールドカップ日本代表から落選

 

久保裕也選手は2018ワールドカップ日本代表から落選し、悔しい思いをしました。

 

2016-17シーズン途中でベルギー1部のKAAヘントに移籍し、初年度は絶好調をキープしていました。

 

2018ワールドカップのアジア最終予選にも召集され、ゴールを決めるなど日本代表でも絶好調でした。

 

しかしながら、2018ワールドカップの本大会に向けた代表選手が決まるころには、調子が少し下り坂だったように思います。

 

久保裕也選手の日本での活躍と海外移籍後の活躍についてご紹介したいと思います。

 

 

 

小学生時代はディフェンダー?中学生からフォワードに転向

 

久保裕也選手は山口県出身です。

 

小学校までのポジションはディフェンダーで、中学校からフォワードにポジションを変更したようです。

 

同級生には2018シーズン、サガン鳥栖でプレーする原川力選手がいました。

 

その原川力選手と一緒に高校生から京都サンガF.C.U-18に入団しました。

 

京都は育成プログラムとしてスカラーアスリートプロジェクトを立ち上げています。

 

その一環で京都サンガF.C.U-18は全寮制で、立命館宇治高校と連携して、文武両道をモットーに運営しています。

 

久保裕也選手は京都サンガF.C.U-18入団後、1年目から活躍、左右から放たれるシュートは非常に強力でした。

 

高校2年生でトップチームに2種登録され、U-18でも優れた選手が集まり京都サンガF.C.U-18として黄金世代と呼ばれていました。

 

寮生活には食事、睡眠、ストレッチ等様々なルールが設けられていたようです。

 

そのような環境下で、既に高い意識を持っていた久保裕也選手はきっちり対応していたようです。

 

U-18に義務付けられていたサッカーノートにも隙間なく書くほどだったとか。

 

高校3年生になると、トップチームでレギュラーに定着し、シーズン2桁ゴールを記録しました。

 

翌年はトップチームに昇格しましたが、思ったような活躍ができず、不遇の時を過ごしています。

 

そして、その翌シーズンは再度活躍し、シーズン途中で海外へ移籍しました。

 

新天地はスイス1部のBSCヤングボーイズ!

 

2013-14シーズンからスイス1部のBSCヤングボーイズに移籍し、途中出場ながら開幕戦からデビューを果たしました。

 

近年スイス1部ではかつて柿谷曜一朗選手が在籍していたFCバーゼルが絶対王者として君臨し、常にリーグ優勝をしていました。

 

そんな中、BSCヤングボーイズは久保裕也選手が加入した年に3位へ躍進、その後久保裕也選手の在籍期間3年半の間は2位が続きました。

 

スイスリーグでは優勝チームがUEFAチャンピオンズリーグ(CL)のグループステージに参加、準優勝はCL予選3回戦から参加、3位はUEFAヨーロッパリーグ(EL)の予選に参加できるようになっています。

 

久保裕也選手もCL、ELに参加することで他国リーグのチームとも対戦することができていました。

 

3年半BSCヤングボーイズに在籍した後、シーズン途中でベルギー1部のKAAヘントに移籍しました。

 

初年度はシーズン途中移籍ながら2桁ゴールを挙げ、不振のチームを上位プレーオフに導く大活躍をしました。

 

翌年のワールドカップイヤーは監督交代による戦術変更等もあり、苦戦した1年となりました。

 

残念ながら2018ワールドカップメンバーにも選ばれませんでした。

 

まとめ

 

久保裕也選手にとって、新シーズンがスタートしました。

 

ポジションは主にフォワード及びトップ下としてプレーしています。

 

左右から同じように放たれる強力なシュートと相手を翻弄するドリブルを武器に今後も活躍して欲しいと思います。

 

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